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Hirai’s eye

"相撲部屋"こそ、成長速度を高める

「考えや想いを選手にうまく伝えている」-------。

コーチがそう思っていても、実は伝わっていないことはあると思います。もちろん、選手がイメージしやすいような分かりやすい伝え方といったテクニックの面も大切です。選手が腑に落ちる説得力のある説明も大事。理解力が乏しい選手には、何度も繰り返し伝えることも必要でしょう。

 しかし、「大事なことはきちんと伝えているつもり」「コミュニケーションは取れているつもり」「選手のことは自分がよく分かっているつもり」という、"つもりコーチ"は案外少なくない。自分が思う以上に選手からの信頼を得られていないことはあるのです。そこには何が足りないのでしょうか。

 五輪で戦うには、一蓮托生、つまり選手とコーチが一丸となって立ち向かわなければいけません。それには"何でも言える間柄"が重要になる。ここぞという時に互いを信頼できなければ、些細なミスにつながり、非常に悔しい結果に終わることもあります。"隠し事がない状態"にしなければ、コーチもベストな指示ができないのです。

 理想は、"何でも言える間柄"になって、コーチの指示が頭からすっと浸透するような状態になること。そのためには、コミュニケーションの、"密度"が大事だと思います。ただし、成長前の選手を預かるのと、ある程度、成長している選手とでは、後者の方が"何でも言える間柄"になるのは簡単ではありません。

 東京スイミングセンターに所属していた頃は、北島康介や上田春佳のように幼い頃から指導してきた選手が多かったですから、信頼を築きながら、それに比例するかのように記録も伸ばしてきました。記録を伸ばすことで信頼も築けます。

 しかし、今は大学の監督ですから、萩野公介や山口観弘のように世界でトップクラスの、かつ成人になる直前の選手を指導することになります。ある程度、実績もプライドも備わっていますから、そこから信頼を築かなければいけない。「過去の経験から先生の言うことは聞けない、納得できない」と選手に言われれば指導しづらくなり、指導の幅や可能性も狭まります。だからこそ、大学から預かる選手ほど、コミュニケーションの"密度"は大事だと実感します。

 内田美希も萩野や山口と同じ、大学から本格的に指導し始めた選手です。彼女が高校生の時に2回ほど、合宿や遠征で担当した覚えがあります。1回目は、2009年の日豪対抗でした。きつい練習を告げると、嫌な顔をしたり、「えー、嫌です」と言う。腰が痛いと言う割にストレッチなどの体のケアはしない。もし、北島や上田が同じような態度を取れば、私は怒っていたかもしれません。ただ、才能はある選手だなとは感じました。彼女が真剣に取り組めば、上田の五輪出場が危ないかもと思ったぐらいです。

 東洋大学に入学後、私も就任1年目で、中々理想的な指導環境を築けず、内田は不満に思っていたかもしれません。しかし、指導するうちに、意外な彼女の一面を見るようになりました。物事を好き嫌いで判断するようなタイプだと思い込んでいましたが、私が指示をすると喜んで練習に取り組むのです。やると決めたらやり抜く、真面目なタイプだということも分かりました。

 内田はそもそも、強くなるために吸収したい、教えてほしいという意欲があったと思います。だからこそ、私は極力、丁寧に伝えることを心掛けました。例えば、今シーズンの目標を互いに確かめ合い、トレーニングの目的や意図を説明してから挑ませました。狙いを伝えて「頑張ろう」と鼓舞します。

 さらに言えば、内田に関わらず、私は選手に全てをさらけだします。コーチが水泳以外の部分を見せるような"丸裸"になることは結構、大事だと思っています。たまに選手たちを家に呼び、一緒に食事をしたり、娘と遊ぶこともある。家族ぐるみでつき合うと、選手も心を開きやすくなります。

 世界を狙うためには、時には厳しいことも言わなければいけません。だからこそ、家族のような関係性を築き、"何でも言える間柄"になることは大事だと思っています。相撲部屋に近いでしょうか。そうした密なコミュニケーションの土台があるからこそ、私の指導や伝えたいことが、選手たちにすっと染み入っていく。そのような選手ほど成長するのも速い。内田も今、そんな状態になっているのだと思います。

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